東京地方裁判所 昭和62年(わ)2735号 判決 1988年6月15日
本籍
東京都港区六本木三丁目一三番地
住居
同都大田区雪谷大塚町二二番一号
会社役員
渥美功子
明治三八年五月一八日生
国籍
中国(台湾省台南市永楽町三-八)
住居
東京都大田区南千束一丁目三番一号
洗足ミナミプラザ七一三号
会社役員
唐則樹
一九二三年三月五日生
右の者らに対する各所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官井上經敏、同伊藤恒幸出席のうえ審理し、次のとおり判決する。
主文
被告人渥美功子を罰金一億三〇〇〇万円に、被告人唐則樹を懲役二年六月にそれぞれ処する。
被告人渥美功子においてその罰金を完納することができないときは、金二〇万円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置する。
被告人唐則樹に対し、この裁判の確定した日から四年間その刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人渥美功子は、東京都大田区雪谷大塚町二二番一号及び同区久が原三丁目四〇番三号にそれぞれ製造施設を設置して「れんげ研究所」の名称で化粧水の製造販売業を営んでいたもの、被告人唐則樹は、被告人渥美の従業者として売上金の管理、帳簿の記帳など経理事務全般を統括していたものであるが、被告人唐は、被告人渥美の業務に関し、所得税を免れようと企て、架空仕入れを計上するなどの方法により所得を秘匿したうえ
第一 昭和五八年分の実際総所得金額が三億〇三八六万一一〇九円であった(別紙1修正損益計算書参照)にもかかわらず、同五九年三月八日、同都同区雪谷大塚町四番一二号所在の所轄雪谷税務署において、同税務署長に対し、同五八年の総所得金額が九一〇三万四四九八円で、これに対する所得税額が五三四四万八四〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(昭和六三年押第三五八号の一)を提出し、もって、不正の行為により、同年分の正規の所得税額二億一三〇六万七九〇〇円と右申告税額との差額一億五九六一万九五〇〇円(別紙2脱税額計算書参照)を免れ
第二 昭和五九年分の実際総所得金額が四億〇五九〇万五五一八円であった(別紙3修正損益計算書参照)にもかかわらず、同六〇年三月四日、前記雪谷税務署において、同税務署長に対し、同五九年分の総所得金額が一億五九八二万三一一〇円で、これに対する所得税額が九八七〇万八七〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(同押号の四)を提出し、もって、不正の行為により、同年分の正規の所得税額二億七〇九六万六一〇〇円と右申告税額との差額一億七二二五万七四〇〇円(別紙4脱税額計算書参照)を免れ
第三 昭和六〇年分の実際総所得金額が四億一一三八万一三一六円であった(別紙5修正損益計算書参照)にもかかわらず、同六一年三月七日、前記雪谷税務署において、同税務署長に対し、同六〇年分の総所得金額が一億七七二一万五七二二円で、これに対する所得税額が一億〇九八四万五一〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(同押号の七)を提出し、もって、不正の行為により、同年分の正規の所得税額二億七三七六万一三〇〇円と右申告税額との差額一億六三九一万六二〇〇円(別紙6脱税額計算書参照)を免れ
たものである。
(証拠の標目)
判示全部の事実につき
一 第一回公判調書中の被告人らの各供述部分
一 被告人渥美及び被告人唐(九通)の検察官に対する各供述調書
一 渥美勲(四通)及び小林欣二の検察官に対する各供述調書
一 収税官吏作成の次の各調査書
1 期首棚卸高調査書
2 期末棚卸高調査書
3 仕入調査書
4 租税公課調査書(判示第三の事実のみ)
5 減価償却調査書
6 利子割引料調査書
7 青色申告控除額調査書
8 給料賃金調査書(判示第二の事実のみ)
一 大蔵事務官作成の証明書及び領置てん末書
一 東京都衛生局薬務部薬事衛生課長作成の捜査照会回答書
判示第一の事実につき
一 押収してある五八年分の所得税の確定申告書(一般用)一袋(昭和六三年押第三五八号の一)、同五八年分所得税青色申告決算書(一般用)一袋(同押号の二)及び同財産及び債務の明細書(五八年分)一袋(同押号の三)
判示第二の事実につき
一 押収してある五九年分の所得税の確定申告書(一般用)一袋(同押号の四)、同五九年分所得税青色申告決算書(一般用)一袋(同押号の五)及び同財産及び債務の明細書(五九年分)一袋(同押号の六)
判示第三の事実につき
一 押収してある六〇年分の所得税の確定申告書(一般用)一袋(同押号の七)、同六〇年分所得税青色申告決算書(一般用)一袋(同押号の八)及び同財産及び債務の明細書(六〇年分)一袋(同押号の九)
(法令の適用)
一 被告人渥美功子について
被告人渥美の判示各所為は、いずれも所得税法二三八条一項、二四四条該当するが、情状により同法二三八条二項を適用することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四八条二項により判示各罪所定の罰金額を合算し、その金額の範囲内で被告人渥美を罰金一億三〇〇〇万円に処し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金二〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとする。
二 被告人唐則樹について
被告人唐の判示各所為は、いずれも所得税法二三八条一項、二四四条に該当するが、各所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第二の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人唐を懲役二年六月に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から四年間右刑の執行を猶予することとする。
(量刑の理由)
本件は、被告人渥美の営む化粧水の製造販売業につき、従業者として経理事務全般を統括していた被告人唐が、右事業に関し脱税を企て、昭和五八年度から連続三年度にわたり、架空仕入の計上等の不正手段による虚偽の過少申告をし、よって合計四億九五七九万円余の所得税を脱税したという事案であって、そのほ脱額が五億円に近い巨額であること、ほ脱率が平均約六五パーセントの高率にのぼることなどの事情にかんがみると、極めて大型の脱税事件であり、被告人らの刑責は軽視することの許されないものであるといわなければならない。もっとも、被告人渥美についてみると、本件は、業務主と従業者との共謀による脱税事件ではなく、もっぱら従業者が業務主のために敢行した事案であるから、業務主である被告人渥美の刑責は罰金刑に留まるものであること、脱税の結果については、修正申告のうえ、本税、附帯税のすべてを完納したこと、事業を法人に組織変えしたうえ税務につき税理士を委嘱する態勢を整えて今後の税務申告の正常化を期していること、現在八三歳を超える高齢で健康状態も勝れぬこと、前科前歴が皆無であることなど被告人のために斟酌すべき情状があり、また、被告人唐については、本件犯行の動機が長年にわたり親交のあった被告人渥美の事業の経営基盤を安定させようとの意図に出たものであること、犯行を概ね素直に認めており、改しゅんの情が顕著であること、犯行後、私財のうちから合計一億五〇〇〇万円を拠出し、贖罪のため日本赤十字社に一億円を、社会福祉法人大田区社会福祉協議会に五〇〇〇万円を、それぞれ寄付していること、前科前歴が全くないこと等の有利な情状もある。以上のような本件の動機、態様、結果、犯行後の状況、被告人らの身上、年齢等の諸般の情状を総合考慮すると、被告人渥美に対しては主文掲記の罰金刑に、被告人唐に対しては主文掲記の懲役刑に、それぞれ処するのが相当であり、なお、被告人唐に対しては、前記の情状に照らし、今回は自力更正を期して右刑の執行を猶予することとした。
(求刑被告人渥美につき罰金一億五〇〇〇万円、被告人唐につき懲役二年六月)
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 稲田輝明)
別紙1 修正損益計算書
渥美功子
自 昭和58年1月1日
至 昭和58年12月31日
<省略>
別紙2 脱税額計算書
昭和58年分
<省略>
別紙3 修正損益計算書
渥美功子
自 昭和59年1月1日
至 昭和59年12月31日
<省略>
別紙4 脱税額計算書
昭和59年分
<省略>
別紙5 修正損益計算書
渥美功子
自 昭和60年1月1日
至 昭和60年12月31日
<省略>
別紙6 税額計算書
昭和60年分
<省略>